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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和29年(ウ)19号 判決

申請人 堀一平 外八名

被申請人 勇伊恵次郎

主文

申請人等より被申請人に対する昭和二十九年(ウ)第一六号不動産仮処分命令申請事件につき当裁判所が昭和二十九年四月十九日なした仮処分決定はこれを取消す。

申請人等の本件仮処分の申請はこれを却下する。

訴訟費用は申請人等の連帯負担とする。

この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

申請人代理人は「当裁判所が申請人等及び被申請人間の昭和二十九年(ウ)第十六号不動産仮処分命令申請事件につき昭和二十九年四月十九日なした仮処分決定はこれを認可する」との判決を求め、その理由として、

(一)  申請人等はすべて農業を営んでいるが、昭和二十八年三月被申請人が大阪市の長男訴外勇伊千秋のもとに妻と共に引揚げることとなつたので別紙目録(一)ないし(九)の農地(以下本件農地と略称する)を売却することに定め女婿の訴外久保田清次にその売買契約の締結、代金の受領、及び富山県知事に対する農地法第三条による許可申請手続等一連の法律行為を委任したので、同年三月二十日被申請人の代理人たる右訴外久保田清次と夫々本件農地につき売買契約を締結(申請人等の買受農地は別紙目録(一)ないし(九)記載のとおり)して代金総計百万四千八百円を支払い、且つ双方連署(但し被申請人の分は右訴外久保田清次代理)し上条村(昭和二十九年四月一日より水橋町へ合併)農業委員会へ富山県知事宛許可申請書を提出し、同委員会の承認議決を経ていよいよ富山県知事へ申達を終り同知事もこれを異議なく許可する旨決定していたばかりでなく、右農業委員会が本件農地の所有権が申請人等に移転したものとして田伏部落の交換分合計画を確定し、申請人等は夫々耕作に着手したところ、昭和二十八年六月初旬頃被申請人が突然大阪市から帰り右本件農地の売買を右訴外久保田清次に委任したことがないと異議を述べはじめたので、富山県知事は右許可申請書を申請人等に返戻してきた。申請人等はその後十数次右売買の登記について被申請人を説得したが被申請人はこれに応じなかつた。しかし昭和二十八年度は申請人等において本件農地を耕作し供出も完納し更に次年度の耕作準備を整えた。

(二)  その間申請人等は、昭和二十八年十一月富山地方裁判所に対し

(1)  被申請人は昭和二十八年三月二十日別紙目録記載(一)の土地を申請人堀一平に対して、同(二)記載の土地を申請人堀勝次に対して、同(三)記載の土地を申請人辰巳忠義に対して、同(四)記載の土地を申請人青木久助に対して、同(五)記載の土地を申請人堀茂一に対して、同(六)記載の土地を申請人青木清平に対して、同(七)記載の土地を申請人堀政一に対して、同(八)記載の土地を申請人西中正行に対して、同(九)記載の土地を申請人堀繁次に対して夫々富山県知事の許可を得て売渡す契約をしたことを確認する。

(2)  被申請人は申請人と連署の上富山県知事に対し前項の契約による土地所有権移転につき許可申請手続をなさねばならない。

(3)  被申請人は前項の許可ありたるときは申請人等に対し第一項の契約により夫々所有権移転登記をしなければならない。

旨の裁判を求める訴を提起し、昭和二十九年三月十二日右裁判所において申請人等(原告等)勝訴の判決を得た。被申請人(被告)は右判決を不服として当庁へ控訴申立した。

(三)  被申請人は性質粗暴で斗争を好み、右富山地方裁判所における前記判決をみるや自ら老齢のため耕作も十分できないのに数里離れた中新川郡上段から親せきの者を呼び寄せ、本件農地に立ち入り耕作し始め、前記交換分合計画を否認する旨怒号し申請人等始め部落民を困らせている。

(四)  尤も申請人等の本件農地に対する売買は富山県知事の許可を条件とするもので、農地法上その所有権は未だ申請人等に移転していないけれども、前記訴訟が終結するまでに被申請人の恣意を放任すると、申請人等の本件農地に対する昭和二十八年度来の耕作計画は無意義となり著しく減収をみることは明らかであるし他方被申請人の耕作は徒らに我意を通さんがための盲目的な所為であるため供出も不能と思われるので上条地区農業委員会でもこれを憂慮している実情にある。

(五)  右の如き次第で農耕を営む申請人等にとつては耕作を目前に控え、事態すこぶる窮迫しているので申請人等に仮りに本件農地の所有権者としての地位を与えられ被申請人の暴挙を防ぐために本件仮処分の請求に及ぶものである。

と述べ、被申請人主張の事実中本件農地は被申請人が昭和二十二年十月二日自作農創設特別措置法第十六条により政府より買受け所有権を取得したものであることはこれを認めるもその余の事実は否認すると述べ、なお、被申請人主張の後記(八)については、本件農地に関する前記交換分合計画はいまだその効力が生じていないのであつて、それが効力を生じたあかつきには被申請人主張の土地が被申請人主張の第三者に所有権が移転すべきも、現在のところは申請人等において右土地を占有耕作しているものである、と述べた。

被申請代理人は、「申請人等及び被申請人間の昭和二十九年(ウ)第十六号仮処分命令申請事件につき当裁判所が昭和二十九年四月十九日なした仮処分決定はこれを取消す、申請人の本件仮処分命令の申請を却下する。訴訟費用は申請人等の負担とする」、旨の裁判並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、答弁として、申請人主張の事実中、本件農地は被申請人の所有であることは認めるがその余は否認し、なお

(一)  本件農地は被申請人が昭和二十二年十月二日自作農創設特別措置法第十六条によつて政府より買受けその所有権を取得した土地であるが、被申請人は訴外久保田清次、同尾島秀久に本件農地を他に適当な者に耕作せしめることを委任したに止まり申請人等主張の如くその売却を委任したことはない。

(二)  仮りに右訴外人両名に本件農地の売却を委任したとしても、同訴外人両名が共同してなすことを委任したもので、訴外久保田清次に対し単独で売却し得る代理権を与えたものではないから同訴外人が単独で被申請人の代理をし申請人等と申請人等主張の如き売買契約を締結したとしてもそれは無効である。

(三)  又仮りに訴外久保田清次に申請人等主張の売買につき単独で被申請人の代理をし得る権限を与えたとしても被申請人は昭和二十八年三月十七日右代理の委任を解除した。

(四)  また本件農地の所有権移転につき富山県知事の許可がなく且つ申請人等主張の許可申請が却下されたのであるから申請人等主張の売買は当然無効である。

(五)  右の如く本件農地の売買が当然無効でないとしても本件農地の売買については農地法第三条により富山県知事の許可がなければその行為は効力を生じないし、しかも申請人等主張の如き同知事に対する許可申請は却下されたのであるから申請人等主張の売買は何時でも当然に解除できる。それで被申請人は昭和二十九年五月八日書面をもつて申請人等に対しその売買契約を解除する旨の意思表示をなし同日該書面が申請人等に送達された。

(六)  被申請人は申請人等からその主張にかかる本件農地の売買代金を受取つたこともなく、又被申請人の代理人として売買契約を締結した訴外久保田清次も右売買代金を受領しておらず、而も被申請人は申請人等に対し本件農地を引渡したことはない。

(七)  仮りに申請人等主張の売買契約が有効に存続するとしても、昭和二十八年四月十八日申請人等は被申請人の本件農地に対する買戻権を承認した、そしてこれに基き被申請人は昭和二十九年八月二十五日その買戻の意思表示をした。その買戻の代金は訴外勇伊千秋より申請人等に返還した金員をもつてこれに充当し、その買戻の土地の範囲は本件農地の全体の五十九%であるから、申請人等は少くとも右買戻部分については所有権も占有権もないから本件農地全部について本件仮処分を申請することは違法である。

(八)  なお、申請人等主張の交換分合計画によれば本件農地中中新川郡上条村田伏字猿引一番四二〇の二、四二〇の三は訴外堀耕治に、同所字横枕三三二は訴外牧野勇に、同所字東肴屋三六七及び同島田三七二は訴外勇伊信一に、同所字蝮田一番四六六の甲、同四六七の四は訴外北東菊次郎に、同所字上新屋敷三一六は訴外勇伊一雄に夫々所有権が移転し申請人等は何等の権利をも有しないことになる。

(九)  さらに、申請人等がさきに主張した農地中、中新川郡上条村田伏字高寺田の分全部、同所字蝮田二番四六六の乙、四六七の二、同所字三俵苅二番三二、同所字新屋敷三一六(本件仮処分申請書添付の目録参照)はいずれも全然存在しない農地であるから、この分に関して本件売買契約が成立する筈はなく、もとより被申請人はこれを売つたことはないし、申請人等は何等の権利をも有しない。

(十)  以上の如く申請人等主張の売買に基く被保全権利は全然存在しないかまたは存在したとしても一部消滅したものであるから、申請人等の本件仮処分申請は失当である。

と述べた。

疏明として、申請代理人は、疏甲第一号ないし二十六号証を提出し、証人古西嘉野の証言、申請人青木久助本人尋問の結果を援用し、疏乙第一号証の一ないし九、同第二号証の一、二、同第三号証、同第四号証、同第五号証の一、二、同第六号証、同第七号証の一ないし八、同第八号証の一ないし八、同第十号ないし第二十一号証、同第二十二号証の一、二、同第二十三号ないし第二十九号証、同第三十一号証、同第三十二号証、同第三十三号証の一ないし十三、同第三十六号証、同第三十七号証の一、二、同第三十八号ないし第四十号証、同第四十一号証の一、二、同第四十二号証の各成立を認め、疏乙第九号証中記名捺印の部分のみ成立を認めその余を否認し、同第三十号証、同第三十四号証、同第三十五号証の一、二、は不知と述べ

被申請代理人は、疏乙第一号証の一ないし九、同第二号証の一、二、同第三号証、同第四号証、同第五号証の一、二、同第六号証同第七号証の一ないし八、同第八号証の一ないし八、同第九号ないし第二十一号証、同第二十二号証の一、二、同第二十三号ないし第三十二号証、同第三十三号証の一ないし十三、同第三十四号証、同第三十五号証の一、二、同第三十六号証、同第三十七号証の一、二、同第三十八号ないし第四十号証、同第四十一号証の一、二、同第四十二号証を提出し、証人勇伊千秋、同久保田清次の各証言及び被申請人勇伊恵次郎本人尋問の結果を援用し、疏甲第一号証、同第三号ないし第十一号証、同第十三号証、同第二十五号証、の成立を認め、同第十四号ないし第二十三号証の成立を否認し、同第二号証、同第十二号証、同第二十四号証は不知と述べた疏甲第二十六号証の認否をしない。

理由

本件農地が被申請人の所有であつたことは当事者間に争ないところ、成立に争ない疏甲第一号証、同第五号証、同第六号証、同第七号証、同第八号証、同第九号証、同第十号証、同第十一号証、同第十三号証、右同第五号ないし同第七号証により成立を認め得る同第十四号ないし第二十三号証、成立に争ない疏乙第十九号証同第二十九号証証人古西嘉野の証言及び申請人青木久助本人尋問の結果を綜合すれば、申請人等主張の如く被申請人が昭和二十八年三月その長男である大阪市在住の訴外勇伊千秋のもとに引揚げることになつたので本件農地を他に売却すべく、これを女婿の訴外久保田清次に委任し、その売買契約の締結、代金の受領及び富山県知事に対する農地法第三条による許可申請手続等一連の行為を委任したので、同年三月二十日被申請人の代理人たる右訴外久保田清次と申請人等との間に夫々本件農地につき右富山県知事の許可を条件とする売買契約が締結せられ(申請人等の買受農地は別紙目録(一)ないし(九)記載のとおり)たこと、申請人等はその代金として総額百萬四千八百円を被申請人の代理人たる右訴外久保田清次に支払つたこと、そして被申請人代理人訴外久保田清次及び申請人等が連署して上条村農業委員会へ富山県知事宛の許可申請書を提出したこと、しかるに同年六月初旬頃被申請人が大阪市から帰郷して右売買を右訴外久保田清次に委任したことがないと主張して右許可申請に異議を申述べたので、右許可申請書が申請人等のもとに反戻され、現にそれが留保になつていることの各事実が一応認められる。右事実によれば被申請人は申請人等に対し右売買に基き農地法第三条による富山県知事に対する許可申請手続及び同知事の右許可を条件とする所有権移転登記手続をなすべき義務があるものといわなければならない。しかして申請人等が昭和二十八年十一月富山地方裁判所に対し被申請人を相手として申請人等主張の如き訴を提起し、昭和二十九年三月十二日右裁判所において申請人等主張の如く被申請人敗訴の判決言渡しがあつたことは成立に争ない疏甲第一号証によつてこれを認めることができ、被申請人が右判決を不服として控訴申立をしその控訴事件が当裁判所に係属していることは当裁判所に顕著な事実である。しかしながら右売買は農地に関するものであり前記富山県知事の許可がない限りその効力を生じないものである。すなわち同知事の許可を条件とする契約自体は有効であり且つ前記の如く被申請人において右許可申請手続及び同知事の許可を条件として本件農地の所有権移転登記手続をなすべき義務があるといえるけれども、本件農地の右売買による所有権の移転は右知事の許可前は現実に効力を生じないし、且つ被申請人は申請人等に対し本件農地を右知事の許可前に引渡すべき法律上の義務は当然にはないものと謂わなければならない。要するに申請人等の主張する被保全権利たる権利関係は条件付であつて現に発生していないのである。ところで、申請人等の申請にかかる本件仮処分の態様は、その申請の目的、内容から判断するに、申請人が前記本案訴訟において受けた勝訴の確定判決に基く強制執行の保全を目的とするものではなく、前記売買につき当事者間に紛争が生じたため本件農地の買主としての仮の地位を得ることによつて被申請人によつて被る耕作上の危険を防ぐためのものであつて、所謂仮の地位を定める仮処分を求めるものであることが明らかである。而して、元来この種の仮処分の目的は権利関係に対する現在の危険の除去にあつて将来の強制執行の保全ではないからその内容の実現が将来において期待される権利については現在のさし迫つた危険は存在せず従つて保全の余地がないから、停止条件附の法律関係ないし権利関係についてはこの種の仮処分は許されないと解するを相当とする。しかるに右売買に基く本件農地の所有権は前記の如く富山県知事の許可前はその効力を生ぜず且つ右許可が現に留保されているのであるから、かかる将来における権利関係につき仮の地位を定める仮処分申請の許される道理はないものと謂わなければならない。従つて申請人が本件仮の地位を定める仮処分申請につき保全すべき現在の権利関係を有しないものと謂わなければならないから本件申請はその余の判断をするまでもなく理由がないから、本件仮処分決定を取消し、申請人等の本件仮処分申請を却下し、民事訴訟法第八十九条、第九十三条、第七百五十六条の二を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 成智寿朗 山田正武 至勢忠一)

別紙目録(一)~(九)〈省略〉

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